
2025年1月、医学誌『The Lancet Diabetes & Endocrinology』の委員会が、肥満の診断に関する新たな国際的枠組みを発表しました。従来のBMI(体格指数)を中心とした評価から、過剰な体脂肪が健康にどのような影響を及ぼしているかを重視する考え方へと転換するものです。
この新たな枠組みでは、肥満を「前臨床的肥満(Preclinical Obesity)」と「臨床的肥満(Clinical Obesity)」の2つに分類しています。世界75以上の組織から支持され、オーストラリアを含む各国の医療制度でも導入に向けた検討が進められています。
今回は、トーレンス大学の公衆衛生学を専門とするFahad Hanna准教授と、心理学部門の責任者であるStephen McKenzie准教授の見解を交えながら、肥満の新たな定義が診断や治療、医療現場にどのような変化をもたらすのかを紹介します。
BMIから健康への影響を重視する評価へ
BMIは、身長と体重から算出される指標で、肥満のスクリーニングや集団レベルでの健康評価に広く活用されています。一方で、BMIの数値だけでは、個人の健康状態や肥満が身体に及ぼす影響を十分に把握できない場合があります。
新たな枠組みでは、体脂肪の量に加え、臓器や組織の機能、症状、日常生活への影響などを総合的に評価することが推奨されています。
前臨床的肥満(Preclinical Obesity)
過剰な体脂肪が認められるものの、臓器や組織の機能は正常に保たれている状態です。将来的に健康上の問題が生じるリスクが高まる可能性があるため、予防や継続的な健康管理が重要になります。
臨床的肥満(Clinical Obesity)
過剰な体脂肪によって臓器や組織の機能に支障が生じたり、日常生活に影響が及んだりしている状態です。この枠組みでは、単なる体重の問題ではなく、慢性疾患として捉え、適切な治療や管理を行うことが重視されています。
同じBMIの数値であっても、健康状態や必要な医療ケアは人によって異なります。そのため、数値だけに頼らず、個々の健康状態に応じて評価することが重要とされています。
オーストラリアの医療現場にも広がる新たな考え方
新たな定義を医療制度全体に導入するには、診断される患者数や医療サービスへの需要、医療資源の配分など、さまざまな課題を検討する必要があります。
トーレンス大学で公衆衛生学を専門とするFahad Hanna准教授は、今回の変化について、肥満をBMI中心に捉える考え方から、過剰な体脂肪がすでに病気や身体機能の低下を引き起こしているかどうかを評価する考え方への重要な転換であると説明しています。
オーストラリアでは、最新の科学的知見を反映するため、過体重および肥満の管理に関する臨床ガイドラインの更新も進められています。今後、医療従事者が患者を評価する際の基準や、治療方針の決定方法にも変化が生じる可能性があります。
こうした新たな枠組みを実際の医療現場で活用するためには、医療従事者への研修や臨床評価の手順の見直しなども必要です。患者一人ひとりの健康状態を総合的に把握し、適切なケアにつなげる体制づくりが求められています。
肥満治療では多角的なアプローチが重要に
肥満の評価方法の見直しは、薬物療法を含む体重管理のあり方にも関係しています。
オーストラリアでは、セマグルチドやチルゼパチドといったGLP-1関連薬が肥満や2型糖尿病の治療に使用されています。ただし、薬剤によって承認されている適応症や公的医療費補助の対象となる条件は異なります。使用の可否は、患者の健康状態などを踏まえ、医師が個別に判断する必要があります。
Hanna准教授は、新たな肥満の定義によって、体重そのものだけでなく、実際の健康上の必要性に基づいた治療選択が進む可能性を指摘しています。
一方で、トーレンス大学で心理学部門の責任者を務めるStephen McKenzie准教授は、減量を薬だけで解決できる問題として捉えることに注意を促しています。
体重の増加には、日々の習慣や行動、感情など、さまざまな要因が関係しています。そのため、薬物療法だけでなく、食事や運動の指導、心理的なサポート、行動変容への支援などを組み合わせることが重要です。
これは、身体的な痛みに対して薬物療法と理学療法を組み合わせる考え方にも似ています。薬によって症状を和らげながらリハビリテーションを進めるように、肥満の治療でも複数の専門分野が連携することが、より効果的なケアにつながると考えられています。
世界保健機関(WHO)も2025年12月、肥満のある成人に対するGLP-1関連薬の長期治療について条件付きの推奨を示し、健康的な食生活や身体活動を含む行動面への支援を併用する考え方を示しました。
これからの医療従事者に求められる知識とスキル
肥満の新たな定義が医療現場に浸透するにつれ、医療従事者には、診断基準の理解に加えて、包括的な健康評価や専門職間の連携に関する知識が求められます。
医師や看護師、公衆衛生の専門家、心理学の専門家などがそれぞれの専門性を生かし、患者の身体的・心理的な状態や生活背景を理解しながら支援することが重要です。
また、薬物療法の効果やリスク、長期的な管理の必要性を理解し、患者ごとに適切な治療方針を検討する力も欠かせません。
こうした変化は、医療や公衆衛生、心理学などを学ぶ学生にとっても、今後の専門性やキャリアを考えるうえで重要なテーマとなっています。
個人に合わせた医療と多職種連携の時代へ
肥満の新たな国際的定義は、体重やBMIの数値だけではなく、健康への具体的な影響を重視する方向へと医療の考え方が変化していることを示しています。
今後は、個々の健康状態に応じた評価、適切な治療選択、そして多職種による連携が、より重要になると考えられます。
トーレンス大学のFahad Hanna准教授とStephen McKenzie准教授が解説するように、肥満のケアでは医学的な治療だけでなく、心理面や生活習慣への支援を組み合わせた包括的なアプローチが重要です。
医療や公衆衛生、心理学といった分野に関心のある方は、こうした国際的な医療の変化にも目を向けながら、将来のキャリアにつながる学びを検討してみてはいかがでしょうか。
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